2007年7月
  トピックス

7月19日、親子交通安全教室を開催しました。


 北警察署の交通巡視員さんと地域で活動されている3名の交通安全推進委員の方に来ていただき、親子交通安全教室を開催しました。さくら(年少)・ゆり(年中)・うめ(年長)組の園児の元気なご挨拶の後、交通安全のパネルシアターを見せてもらったり模擬道路を作って1人で道路を横断する練習をしました。普段は、保育園の前の道路を左右確認して横断している子どもたちですが、緊張のせいでしょうか?今日はちょっぴり自信がなさそう。右見て左見てもう一度右を見るという動作がなかなか思うようにできていませんでした。でも、その一生懸命さがかわいらしく印象的でした。 
 そのあと、子どもたちは紙芝居を見ました。終わった後の、「どうして車とぶつかりそうになったのかな?」という質問に対し、さすがに交通教室に参加しただけあって、「止まって、右・左・右してへんからー!!」とすぐ返事が返ってきました。
 保護者の方は別室で交通事故で子どもを亡くされた方の手記を聞いたり、お話を聞きました。


          「Aちゃんを失って」

 今朝ネ Aちゃんの夢を見ました。パタパタと走って来て、あの頃と同じように私のお腹の上に乗って来たので「アッ、Aちゃんだ」と思い、ギュッと抱きしめてとても幸せでした。
 Aちゃんは平成9年8月29日に6歳と7カ月で交通事故によって亡くなった私の次男です。相手は大型ダンプで、Aちゃんは自転車に乗って塾に行く途中でした。
 死因は脳挫傷でした。身体にはほとんど傷もなく、まるでねむって居るようでした。でもその眠りは二度と覚める事はなく、あとの数時間はAちゃんの命が消えて行くのをただ見守る事しかできませんでした。不思議な数時間でした。
 Aちゃんを失って、様々な変化が起こりました。Aちゃんに直接「塾に行く様に進めた」夫の母(義母)が自分自身を責めて、事故のあった土地には辛くて居られないと言って引っ越してしまいました。ただ一人の弟を失った長男は、以前にも増して甘えっ子になり、一人で居るときは「つまらない」を連発します。事故の前夜、二人で楽しく遊んでいた姿が焼きついて離れません。又、私にはいまだにAちゃんの行っていた公園に行けませんし、好きだったマーボー豆腐も作れなくなりました。
 以前、よく人は「○○のことは一日も忘れた事がなかった」などと言う言葉を耳にし、そんな事あるかしら?と思っていましたが、Aちゃんを失ってそれは本当だと判りました。特に、夜寝るときに思い出しては涙が出て眠れなくなり、不眠症状態になったこともあります。一生抱えて生きて行くのはもう辛くてイヤだ、サッサと死んでしまいたいと何度も思い、その度に、遺される子どものことを思って頑張り、いつかはAちゃんに会えるのだからと自分に言い聞かせています。
 交通事故は、悲劇です。一生続く傷を心に刻み付けています。今、私は車の中にAちゃんの写真をのせて運転をしています。今日の被害者が明日の加害者にならないように、Aちゃんの顔を見ては安全運転に心掛けています。
 こんな思いをする人々が一人でも減る事を心から願ってなりません。
 私は、今日も寝る時にAちゃんに話しかけます。「夢でいいから出て来てネ、お母さんはAちゃんに会いたいの」と....。


       「癒されぬ輪禍」  〜交通事故被害者のこえ〜  より
    
             (名前等は原文から変更しています)




 子どもたちは口で言っただけではなかなか身につきません。何度も何度も繰り返し体験することで身につけていきます。親子で、どんどん歩いて子どもたちに実際に体験させ、交通ルールや注意すべきことを教えてあげてくださいね。悲しい事故に遭ってからでは遅すぎます。
 チャイルドシートの着用はできていますか。助手席で立っている子どもの姿が見られます。急ブレーキを踏んだら、子どもはガラスを突き破って車外に放り出されることもあります。

        子どもの命を守ってあげるのは、親の愛。
巡視員さんによる
パネルシアター
保護者向けの
手記の読み聞かせ
模擬道路を使っての横断練習     緊張したなぁ